ヌードモデルに選ばれた姉


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第三部 学校の制度。

直訴の条件

 
 中曽高校の二階中央に、他より少しだけ豪華な木製の扉があった。
 生徒たちは誰に言われたわけでもなく、扉の前に近づくと声のトーンを抑え、足音と忍ばせながら廊下を歩いた。
 そんな重苦しい雰囲気が漂う扉の前に、一人のショートヘアの女子生徒が近づく。
 まだ目新しい制服を着た一年の女子生徒は、まるでおのれの性格を表すように気の強そうな太い眉をしていた。

(下着も新品にした。体も洗った。裸になることなんて恥ずかしくもない。大したことでもない……)
 彼女は校長室と書かれた扉の前に立ち、自分に言いきかせるように独り言を言う。
 そして乱暴な手つきで扉を叩いた。

「入りたまえ」
 扉の向こうから重苦しい男の声がした。 
「失礼します!直訴の権利を行使しにやってきました」
 女子生徒は扉を開け、一礼をする。
 普通なら一般生徒が入る機会が殆どない校長室だが、女子生徒は気後れすることなくズカズカと入っていった。

「君かね。直訴をやるとは穏やかではないな。私が記憶する限り直訴システムを使った生徒は過去に三人しかいないというのに」
 校長は50代後半とは思えないほどガッチリとした体をしていた。
 一見すると、年を取った脳筋な体育教師にしか見えない。
 だが、この男こそ数々の斬新なアイデアを打ち出し、短期間で本校を強豪校にのしあげた人物だった。

「こうでもしないと話を聞いてくれないでしょう。何度会おうとしても合ってくれなかったし」
 女子生徒は、ぶっきらぼうに言った。
 それはボーイッシュな外見らしく男の子っぽい発音だった。
「当たり前だ。確かに君の父親には世話になった。だからいって娘の君にまで便宜を図る理由にはならない」
「今日は父とは関係ない一生徒として、校長先生に直訴しにきました。これは生徒に与えられた権利であり正当な行為のはず」

「ふむ。直訴の制度は私が考えたものだ。もちろん話は聞く。で、君はいつまで服を着ているのね。わかって来たんだろう。直訴の権利を行使する際は全裸になるってことを」
「それは……」
 もちろん知っていた。その覚悟のもとで直訴の手続きを取った。
 だが、実際に男の前で脱ぐとなると抵抗が働く。
 いくら男っぽい雰囲気とは言え、体も心も間違いなく思春期の女子であり当たり前だった。

「君はなぜ直訴する生徒は校長室で全裸にならなくてはいけないかわかるかね」
「いえ」
 彼女にわかるはずがない。そもそも理解したくもなかった。
「それは裸になってまでも訴えたいことがあるからだ。裸になる覚悟もないなら自分で解決すべきだろ?」 

 校長がそう言うと重苦しい沈黙が支配した。
 その沈黙は何かを待っているような沈黙だった。

「……こんなの間違っている」
 女子生徒は震える手でスカートのホックを外し、床へと落とす。
 下ろしたての白いパンツが校長に前に晒された。羞恥のあまり頭がカッと熱くなった。
 こうなるのは覚悟してきた。しかし実際に脱ぐ恥ずかしさ、見られる屈辱は想像を遥かに超えていた

「どうしたのかね」
 急かすように校長が言う。
 女子生徒は震える手で、ゆっくりとセーラー服のスカーフを外す。
 背筋に寒いものが走り、全身が総毛立った
 彼女は思った。こんなこと大したことない。ヌードモデルをやらされている生徒はもっと辛い目にあっているのだから。
 その一心で手を動かし、脱衣を続けようとしたが、
「ふん、まあいい。今回は直訴ではなく特別に話を聞こう。要件を言いたまえ」
 何か用事でもあるのか。校長は時計を気にしながらそういった

「え?」
 涙目になっていた女子生徒が驚きの声を出した。
「だから早く要件を言いたまえ」
「あ、ありがとうございます。要件は提出した書類に書いたとおり美術部の件です」
 女子生徒は先ほど脱いたスカートに目をやる。
 スカートはだらしなく床に置かれていた。
 今すぐスカートを手に取り、穿き直すのは簡単だった。
 だが、それによって校長の機嫌を損ねてはなんにもならない。
 彼女は恥ずかしさを押し殺し、パンツ丸出しのまま校長と交渉することにした。

「ようするに美術部のヌードモデルの権利を停止しろってことかね。それは出来ない。美術部は結果を出して正当な対価としてヌードモデルの権利を勝ち取った。それを校長権限に停止しろなんて許されるはずがない」
 校長は女子生徒の下半身。パンツからスラっと伸びる美しい脚線美をじっと見つめた。

「で、でも、この学校の制度を作り上げたおじさまなら出来るでしょう」
「おじさまは辞めたまえ。ここでは君と私は校長と生徒でしかない。両家の話は関係ない。君もさっきそういっただろ」
「あっ……すみませんでした」
 女子生徒は軽く頭を振った。先程よりも顔の赤みは増し、むき出しの太ももまでもが赤くなっている。
 恥ずかしさで思考が回らなくなっているのが明らかだった。

「それにだ。止めさせろというが、誰か文句を言ってるのかね。たとえばヌードモデルをやった生徒がもうこんな学校やめてやると訴えているとか」
「それは……」
 女子生徒の言葉が詰まる。それは彼女にもわからなかった。
 なぜなら、ヌードモデルになった先輩もクラスメートの委員長もこのことは決して話さない。
 他のヌードモデルに至っては、名前すらわかっていなかった。

「何もないだろう。当たり前だ。生徒らは自由意志でヌードモデルをやると言ってくれた。それは私が直接話を聞いて意思を確認しているんだから間違いない」
「話?どんなことを聞くのですか?」
「そんなこと君には関係ないだろう」
「……どうしてもやめるはないと」
「くどい。たとえ、君がヌードモデルに選ばれても私は止める気はない」
 それは親が出てきても同じであることを示唆していた。

「なら、遥ちゃんが選ばれてもですか」
 彼女は同じ一年生でもある校長の一人娘の名を出した。
 遥は、この父親の性格からは考えられないほど、おとなしく内気な子だった。
「もちろんだ。生徒も校則も全て平等だからこそ、この学校はなりたっている」
 愛する娘の名が出ても校長は動じない。言葉に嘘はないようだ。
 この校長は娘がヌードモデルになり、裸にさせても芯は曲げないだろう。
 つまり校長の力を借りて、美術部の権利を潰すというのは最初から無理だったのだ。

「それじゃ……」
 必死に食い下がろうとする女子生徒。
 しかし校長の言葉は冷たかった。
「そこまで。時間切れだ。もう帰りたまえ」
 まったく反論の言わせない強い口調だった。
「わかりました」
 どう見てもこれ以上は無理と判断した女子生徒はスカートを手に取り、穿き直す。
「君の話を特別に聞いてやるのは今回が最後だ。次は正規の手順を踏ませるぞ」
 それは次に話を聞く場合は、直訴の規約どおり全裸にするという意味だった。
 冷静を装いながら女子生徒は扉を開け、廊下へと出た。

「ふう」
 女子生徒は扉を閉め、周りに人がいないことを確認する。
 そして足で扉を思いっきり蹴飛ばした。
「なによ。あのスケベオヤジ。ジロジロといやらしい。なんだかんだ言って女子の裸が見たいだけじゃない。あーもういいわよ。僕の力だけで先輩を助けてみせる。待っていて。佳子先輩」

 学校の制度には制度で対抗する。
 直訴の権利を行使して、美術部のヌードモデルの権利を潰す奈々の考えは失敗に終わった。
 しかし、得られたものも多かった。
 校長は自分が作った制度に絶対の信頼を置いている。
 どんな例外も認めないのは間違いない。
 佳子の後輩である奈々は、次の手を考えながらこの場を後にした

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