集中治療室。99%嘘のノンフィクション


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 2017年8月。あまりに暑い夏の日の出来事。
 その連絡は突然やっていた。

「で、容態はどうなんだ」
 仕事中にも関わらず慎一は携帯を片手に大声を出す。
 部屋にいた仕事仲間たちが、その声に驚き、一斉に振り向く。
「わかった。今すぐ行く」
 青ざめた顔をした慎一が携帯を切ると上司が話しかけてきた。

「どうかしたのかね」

「妹が会社で倒れて救急車で運ばれたそうです。今は集中治療室にいるみたいですが詳しいことはなにも……」
 集中治療室と聞いて皆の顔色が変わる。ただごとでない単語が出て驚いているようだ。

「早く行ってあげなさい。残っている仕事は私達で処理するから。急いで!」
 まるで自分の家族のことのように上司は焦って喋る。
 慎一は上司の心遣いに感謝しながら、机の上の書類をさっと整理した。

「では、行ってきます」
 皆に向かって大きく頭を下げたあと、慎一は部屋から飛び出し会社を出た。
 妹が担ぎ込まれた病院は市内にある第一病院だという。
 そこは最近建てられたばかりの新しい病院だった。

(そういえば、昔もこんなことあったな。あれはあいつがまだ中2の時だったか)
 慎一の頭に子供の頃の記憶が蘇る。
 静まり返った集中治療室。普通の病棟のような壁はなく大きな広間にベットがずらりと並べられている異様な光景。
 そしてそのベッドの一つに全裸のまま寝かされている妹の姿。
 それは慎一にとっても忘れられない淡い思い出。

 そのようなことを考えているうちに第一病院に付く。
 慎一は受付に行き、妹がどこに運ばれたか聞いた。
「3階のICUですが、会えるかどうかわかりませんよ」
 忙しいのか受付はややそっけなく答えた。
「ありがとうございました」
 一言、礼を言って慎一はやや早足で歩く。
 急ぎたいのは山々だったが病院という緊急を要する場所で走るのはあまりに危険だったからだ。

「ここか」
 集中治療室は三階の中央付近にあった。
 機械開閉式の大きな扉と受付があるだけで、中の様子はまったくわからない。
 外からは物音一つ聞こえない。周りにも人影がなく静まり返っている。
 たとえ、中の様子はわからなくても、ここが他とは違う特殊な場所であることが伺えた。
 
 『ご用の方はインターホンを押してください』
 扉に書かれた注意書きを読んで慎一は懐かしさを感じた。
 そういえば昔もこんなシステムだったなと。

「すみません。面会にきたものですが」
 慎一はインターホンを押し、要件を伝える
 すると看護師が出てきて、左側にある小さな通路から入ってほしいと言った。
 言われたとおりに狭い廊下を通り、集中治療室の扉を開ける。

「ん?」
 中に入った慎一は意外そうな表情を見せる
 集中治療室は彼の記憶とは違い、まるで普通の病棟のような作りだったからだ。
 壁もきちんとあり個室と大部屋らしき扉も並んでいる。
 ここだけ見るとよくある入院病棟にすら思えた。

「お兄さんですね。少し注意事項を」
 一人の看護師が慎一に近寄り、集中治療室での決まり事を言った。
 慎一は指示通りに、携帯の電源を切り、手を洗い、あまり見ない大きなマスクをつけた
「こちらです」
 看護師が案内する。病室に近づくにすれ慎一の表情が強張る。
 もし、命に関わる状態だったらどうすればいいのか。悪いことばかり頭をよぎった。

 病室の扉を開け中に入ると、ベッドの上で寝ている妹の姿があった。
 白いシーツが掛けられているためよくはわからないが青色の入院服を着せられているようだ。
 鼻には酸素の管。心電図を取るためのコードが数本ほど胸元に付けられている。 そして腕には点滴の管が一本。

 普段とはまるで違う姿だったが、慎一は安堵の息を付いた。
 確かに、痛々しい姿ではあるが、最悪の事態ではないことがわかったからだ。
 もし、前みたいに酷い状態なら、酸素は鼻からではなく口からにしているはず。
 ベッドサイドモニタも脈拍69、血圧110、呼吸数15と表示されており、特に異常はない。
 点滴は一本。これは10年ぶり見たアレと同じ。
 どうみても前のような深刻な状況ではなさそうだった。

 気分が楽になった慎一はベッドのすぐ横に置かれていた椅子へ座る。
「ううんっ」
 覚醒しかかっているのか、妹が寝返りを打つ。
 するとシーツがめくりあがり簡易的な入院服で辛うじて隠されていた胸元が顕になる。

「まったく何歳になってもだらしないな」
 慎一はどこか困ったような笑みを浮かべる。
 妹の胸元がはだけ、大きな乳房のふくらみが半分近くが露出していたからだ。
 乳首は辛うじて隠れていたが、薄い布地である入院服は妹の乳首の位置をはっきりと浮きだしていた。

(本当に大きくなったな)
 慎一が大きく頷く。
 兄が大人であるように妹も既に子供ではない
 10年ぶりに見る妹の胸はまさに大人の女性の胸だった。
 

数分後

 何もすることもなく暇つぶしに妹のふくらみを眺めていると部屋の扉が突然開かれた
 一人の若い女性看護師が部屋の中へと入ってくる。

「今から座薬を入れますので少しお待ちください」 
 看護師は手に袋を持ちながらそう言った。

 慎一は軽くうなずき、椅子を後ろに引いた
 この処置は前の時も見てきたので知っている。
 お尻に入れる痙攣止めの薬だ。

「えっとあちらでお待ちください」
 看護師が少し困った顔をして、扉を指差す。
 どうやら部屋から出て行けと言う意味だったらしい。

 いまいち腑に落ちない顔をしながら慎一は立ち上がり廊下へと出る。
 するとカーテンが締り「少し我慢してくださいね」と看護師が言った。

 その声を聞いた慎一はここの集中治療室は昔と全然違うことを認識した。
 昔の集中治療室はここまで患者側にたった空間ではなかった。
 もっと堅苦しくピリピリした雰囲気だった。
 だからこそ、妹が敷居もない場所で、全裸のまま治療を受けていても、家族の誰もが納得していた。
 カーテンすら引かれることなく、妹のお尻の穴が剥き出しにされ、座薬が入れられる姿を見ても文句は言わなかった。
 むろん、年頃の女の子がこんな人目が多い場所で裸にされて可哀想だとは思った。
 だが、命の瀬戸際の人たちが集まるこの場所で患者の羞恥心やプライバシーを守るほうがおかしい。
 少なくても当時はそう思っていた。

「終わりましたよ。また6時間後に薬入れましょうね」
 看護師がハキハキした声を出しながらカーテルを開ける。
 そう。昔の集中治療室ならこんなこともなかった。
 意識のない患者に話しかけるなんて無駄でしかないからだ。
 だが、今は違う。意識がなくても患者は人間。そんな教育が徹底されている感じだった。

「失礼します」
 看護師が忙しそうに去ろうとする。
「すみません。ちょっと病状について確認をしたいのですが」
 悪いと思いながらも慎一は看護師を呼び止め、妹の病状について質問した。
「えっとですね」
 看護師は妹の身体に何が起きたのかをわかりやすく親切に教えてくれた。
 それは慎一が予想していた症状であり病名であった。

 

五分後
「じゃこれで今日は失礼します」
 昔ほど面会時間の制限も厳しくないようだが、それでも長くいるような場所ではない。
 いても邪魔になるだけと思った慎一は一言断りを言ったあと、出口に向かって歩き出す。
 
「○○さん。お薬の時間ですよ」
「そうなんですか。それは大変でしたね」
「またー。○○さんは冗談上手いんだから」

 あちらこちらの部屋から看護師の明るい声が漏れる。
 本当にここは集中治療室らしかぬ雰囲気だ。
 だが、これでいいと慎一は思った。
 昔のように静まり返っている中で機械の音だけが木霊する空間よりはよほどいい。
 看護師も明るく軽そうに喋っているが、仕事ぶりはテキパキしていて隙はない。笑顔は絶やさないが、だらけているものは一人もいない。
 ここは看護師の中でも選びぬかれたものしか入れない空間であることが伺えた。


 病院の外に出た慎一は大きく背伸びをする。
 もう妹の心配はしていなかった。
 それよりも集中治療室で見てきたことのほうが頭から離れなかった。

(せっかくだしネット小説のネタにでもするか)
 などと微妙に不謹慎なことを考えながら彼は笑顔で帰宅の途についた。

終わり


for / 2015年01月25日
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