過去の呪縛


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 マッサージ店の朝は早い。
 松本にとって午前6時がミーティングの集合時間だった。
 時間に遅れた松本は足早にマッサージ店の従業員専用の裏口を開け、中へと入った。
「くそ、もう始まっているな」
 開店前の静まり返った店内にまだ少年の声が残る松本の独り言が響く。
 松本は軽く舌打ちを付きながらミーティングルームがある店の奥へと急いだ。

「すみません。遅くなりました」
 ミーティング室に入るやいなや松本は即効で頭を下げた。

「また遅刻ですか。今月になってから何度目だと思ってるの」
 やや中年掛かった女店長の声。見るまでもなく機嫌が悪そうだ。
 松本は恐る恐る顔を上げる。
 目の前にはまるで苦虫を噛み潰したような顔をした店長が睨んでいた。
 周りにいる他の従業員たちもまたかと呆れた顔をしている。

「まぁいいわ。早く席について。では改めて本日の予約者は以下の通りです。各自お客様に失礼がないように心がけてください」
 女性店長が従業員1人1人に本日の予約者が書かれた用紙を配り始める。 

「松本くん。アナタは特に気をつけるように。いくら研修中とは言えこんなことでは困ります」
 店長は松本に用紙を渡し、強い口調で言う。

「わかりました」
 松本は頭をもう一度下げながら何を偉そうにと舌打ちを打つ。

 店長のいうとおり彼はまだ研修中だった。
 年齢もまだ18歳と若く、本当なら客相手をするような立場ではなかったが、店の都合により他の従業員と同じ仕事内容を当てられていた。
 いくらこのマッサージ店が治療を目的とした専門店ではなく、あくまで癒やしのための無許可店とはいえ、素人がすぐに出来る仕事のわけはなかった。
 当たり前のように失敗をくり返し、毎日のように怒られる日々は彼からやる気と情熱を奪い、今ではすっかりやさぐれた無気力状態になっていた。

 松本はだるそうな顔をしながら貰ったリストに目を通す。
 リストは当然のごとく男の客ばかりだった。
 全裸になって全身のオイルマッサージを受けようとする女性がわざわざ男性従業員を指名するわけがない。
 ましてや彼のように高校を中退したばかりの若造なんて普通は避ける。
 そう。普通ならば。

「最初はこいつか」
 今日の予約表を見た松本は大きくため息を付く。
 リストの一番手にあまり見たくない名があったからだ
 研修中とは言え松本はプロだ。
 どんな客相手でも冷静に接客をしなくてはならない。
 だが、この常連客だけは別だった。やりにくい。
 なぜならこの客は若い女性なのだから。


 午前7時。開店
 出社前にエステを受けようとする客で店内が一気に賑やかになった。
 松本も最初の客を捌くため指定された3号室へ向かう。

「失礼します」
 松本は3号室の扉を開け、中へと入る。
 部屋には20代半ばと思われる背が高めの1人の女がいた。
 清楚さを感じさせる白のブラウスに紺のスカート姿。
 職業柄か地味で体のラインが出ない服を選んでいるのが伺えた。
 女は松本の顔を見るなり軽くお辞儀をし、笑顔を見せる

「松本くん。元気していた」
 女ははっきりとした明るい声で言う。

「おかげさまで」
 その明るさとは裏腹に松本は物静かに答えた。

「どう。仕事は? 何か辛いことあった? 風邪とか引いていない?」
 女は松本の不快そうな表情も気にせず次々と質問する。
 これはいつものことだった。松本が言い出さない限り永遠と続く。
 女の話が早々に嫌になった松本は話を切ろうと口を動かす。

「私のことなんかより早く初めましょう。服を脱いで裸になってください」
 松本は雑談を切り上げ、女に脱げと冷たく言った。
 女の目的はともかくここはマッサージ店なのだ。
 客を裸にして何が悪いと言わんばかりと松本の態度だった。
 
「……そうよね。脱がないといけないよね」
 女は顔を赤らめながら躊躇いの表情を見せる。
 明らかに松本の前で脱ぐのは嫌という雰囲気だった。
 裸になるのが嫌なら最初から指名しなければいいものをと思いながらも松本は事務的に「女性従業員と変わりましょうか」と言った。
 この質問も一度や二度ではない。毎回繰り返されること。
 答えも分かっているが、それでも彼は女に問いだ。

「いえ、このままでいいです」
 顔を俯かせ、手を強く握りしめながらも女は決意が篭った強い声で言い切った。

「では、そのかごに衣服を入れてからベットに乗ってください」
 それを聞いた女は静かに後ろを向き服を脱ぎだした。
 まったくこの頑固物が。松本は意地の張り合いのような状況に呆れながら女の脱衣をじっと見ていた。

 背を向けた女がブラウスを脱ぐ。
 シミ一つない女の背中によく似合う白いブラが現れる。
 ブラはフックが後ろにあるタイプだ。
 女は後ろにいる松本を気にしているのか、やや震えた手を背中に回し、ブラのホックを外した。

 不思議なもので男客も必ず背を向けて裸になる。
 脱いでいるところを見られると言うのは男女関係なく恥ずかしいものかもれない。

 上半身裸になった女は次にスカートを下ろす。
 ブラとお揃いの白色のパンツが剥き出しになる。
 ボリュームのある尻に張り付く純白のパンツを確認した松本は小さく頷き、ようやく女の脱衣から視線を外した。

 彼にとってこの女の裸は見慣れたものだった。
 今更、常連客の裸を見て思うことなんてない。
 だが下着の色だけは何回見ても気になった。
 今日この女のパンツの色を知っているのは自分だけという優越感と、面倒くさい客に対する細やかな復讐心がそうさせたのかもしれない。

 松本は先ほど見たパンツの形を思い出しながらベットに防水シートを引き、女の準備が終わるのを待った。

「お、終わりました」
 脱衣を終えた女が頬を染めながら松本の前に立つ。
 女の体にはバスローブががっちりと巻かれていた。
 松本はローブから零れ落ちそうな豊満な胸の立間を見ながら軽く右手を振った。
 もちろんバスローブを外せという意味で。

 松本の言いたいことを理解した女の瞳に一瞬絶望が浮かぶ。
 それでも覚悟は出来ていたのか、バスローブを抑えていた手を離し、床にパサッと落とした。

 松本は晒された裸に目を通す。
 女の体は地味な服装からは考えられないほど見事なプロポーションをしていた。
  隠れ巨乳と言うべきか。よく実った形のいい乳房は垂れることなく強調されている。
 この胸の張りはこの女が女性として一番美しい年齢であることを感じさせた。

 そんな立派な乳房に比べて女の脚の付け根にある陰毛はささやかなものだった。
 陰毛の上部が多少濃いだけで、割れ目を覆う土手の毛は薄い。
 目を凝らせば割れ目の形はおろか毛穴まで透けて見えそうだった。

「ではこちらにどうぞ」
 女の全裸を一通り見た松本は静かにベットの方を指差す。
 すると女は恥ずかしそうにしながらもベットの上へ乗り仰向けになる。
 女は明らかに緊張していた。
 仰向けになり、手足をまっすぐに伸ばした今でも顔を強張させ、体を硬直させていた。
 無理もないと松本は思った。
 男がそばにいるというのに全裸を晒し続けなくてはいけない苦しみは想像を絶するものがあるだろう。
 戸惑い、羞恥、恐怖。女の揺れる心が伝わってくるようだった。

「始めます」
 女が不憫と思わなくもないが、このまま見ていても何も終わらない。
 松本は仕事を開始した。
 まず下準備として自分の手にオイルを付け、女の体にもオイルを満遍なくかける。
 仰向けに寝ていても形を保っている豊満な乳房には特に念入りにオイルを垂らす。
 唐突が多い部分は隙間が出来やすくオイル効果が落ちるからだ。

 ここからは私情を絡まない、プロの仕事をする。
 そう決意した彼は手のひらに覆いきれないほどの大きさの乳房に触れ、揉むようにオイルを擦り付けていった。
 もちろん乳首も忘れない。親指と人差し指で乳首をつまみ、オイル成分が乳輪全体に染み込むようにマッサージをしていく。

 いくら感情を捨てて仕事をこなすと思っても限度があった。
 男として思うことはある。
 あまり柔らかい乳房の感触はまだ18歳である松本の男のものも固くさせた。
 乳首に触れるたびに恥辱とどこか切ない女の声は松本の心を乱す。
 下半身も同様だ。オイルに塗れ、陰毛がピタリと張り付き女陰の有様が剥きだしになっているのを見て何も感じないなんて不可能だ。
 それでも松本は必死に全身マッサージを続けた。
 身を犠牲にしても自分を助けようとしている女に報いるために。


 30分後
 オイルマッサージが終わり女は無言のまま服を着る。
 女の表情は暗く硬かった。
 いくら自分の意志で来ているとはいえ30分間も年下の男に裸を触られ、心身ともに疲れ切っているようだった。

「じゃこれで……」
 顔を赤めて恥ずかしそうにしながら女が部屋の出口へと向かう。
 それを見ていた松本が思わず口を開く。

「どうして先生は俺に拘るんだ。俺が先生の生徒であった時期とか半年ともなかったのに」
 松本が静かに喋る。
 
「私にとって初めての生徒が自分のミスで退学になったんだから気にならないわけないでしょう」
 女は立ち止まり振り返りながら言う。
 それは一年前の出来事。もう取り返すことが出来ない遠い日々。
 
「いや、あれは100%俺が悪いんだし先生が気にすることじゃないよ」
 松本は本当に先生を恨んではいない。
 だからこそこんなことをされても困るだけだった。

「とにかく、20歳になるまでは面倒をみます。君がきちんと職について幸せになってくれないと先生も困るの!」
 強い言葉で言い放す先生。
 こんなことをしても罪滅ぼしにならないのは彼女も理解している。
 だが、やらざる追えなかった。松本のため、そして自分自身を許すためにも。

「ははっ、まったく先生は頑固ものだな。そんなんだから独り身なんだよ。いつもいつも白いパンツばかり履いていないでたまには勝負パンツでも履いて男でも探そうぜ」
 懐かしい先生の怒鳴り声を聞いた松本が今日初めて笑う。
 ムキになる先生の姿がなんだか可愛かった。
 先ほどまで暗かった場の空気がぱっと晴れたように思えた。

「なっなっ」
 今日のパンツの色を当てられたせいか先生の耳が真っ赤に染まる。
 そして「もう知りません」と言うと逃げように部屋から出て行った。

「先生ありがとう。もう少し頑張ってみるよ」
 バタンと勢いよく閉まった扉を見ながら松本は小さな声でつぶやく。 
 先生がうざったい客なのは間違いない。
 だが、それ以上に大切な人であることもまた事実だった。

終わり

 


 

for / 2015年01月25日
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