ERな人々 前編


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 深夜一時。静まり返った総合病院の仮眠室に大きな目覚し時計の音が鳴り響く。
 後藤達也はベッドから手を伸ばしアラームのスイッチを切る。
 眠たそうに起き上がり白衣を着ようとするが目が霞んで上手くつかめない。
「俺も年だな」
 後藤はまだ40前ではあったが、この緊急治療の現場で働くには体力的にきつくなりつつあるのもまた事実だった。
「先生、おはようございます」
 眠突然仮眠室の扉が開き、白衣姿の若い男性が入ってくる。

「おはよう。今日の担当はお前だったな」

「はい。先生はゆっくり寝ていてください。今日は全部私がしますので」
 薄ら笑いをしながら若い男性こと松坂が話す。
 松坂は去年学校を卒業したばかりの新人医師で後藤の助手であったがどうにも掴みどころがない。
 真剣さがまるでない。やる気があるのかないのかすらさっぱりわからない。

「そうもいかんよ。まだ目は離せないからな」
「またそんなこと言って。そろそろ認めてくださいよ」
「まぁいい。どちらにしても今日の担当はお前だ。きちんとやってみろ」
「ほーい。任せて下さーい」

 後藤は軽くため息をつく。
 今時の若いものはなんてことは言いたくなかったが実際に松井の真意を測りかねていた。
 腕は悪くない。患者に対する扱いも悪くない。ただ真剣さがまるで無い。
 いつもへらへら笑っている印象すらある。
 そのいい加減な態度は昭和生まれの堅物である後藤の神経を逆なでし不信感を抱かずにはいられなかった。

10分後 緊急治療室

「17歳女性。路上で血まみれになっているところを発見。大型トラックの車に跳ねられたようです。事件性は不明」
 緊急搬送チームの太った男が大声を上げて処置室の扉を開けてやってくる

「え、香菜? まさか」
 後藤はキャスターに乗せられた患者を見て頭の中が真っ白になった。
 あまりに非現実な光景。今視界に入っているものがぼんやりと見える
 患者は1人暮らしをしている妹。
 いくらベテランの域に入り医者として経験が豊富とは言え、変わり果てた妹の姿を見て動揺しないはずは無かった。

 混乱する感情を殺しながら後藤は急いで患者に掛けられたシーツを取った。
 香菜が着ていた服は所々破れており、顔にも血の後が付いている。
 最悪の事態が頭をよぎる。震えた手で脈を取る。
「いや、大丈夫だ」
 脈は強い。命の心配はなさそうで後藤はホッと息をつく。

「先生。服を切りますのでどいてください」
 看護婦が香菜を裸にするためにハサミを使い服を切っていく。
 シャツが切られブラが外される
 お椀型に程よく育った乳房が全裸の妹が目に入る。
 見たところ乳房に傷はない。
 続けてスカートが切られる。
「これは……」
 スカートが外れた瞬間、看護師の手が止まり緊急治療室の空気が変わる。
 香菜はパンツを履いていなかった。
 むろんここにいるのは皆プロだ。今更、患者の下半身を見て驚くような者はいない。
 だが、股から流れたと思われる一筋の赤い血の跡は誰もが嫌な予想をさせるに十分な材料だった。

「交通事故ではなかったのか」
 後藤がやや震えた声で聞いた。
「車に当てられ引きずられたのは間違いありません。衣服がボロボロなのもそのせいかと。ただ当たる前どうなっていたかまでは……」
 看護婦は暗い声で言う。
 つまりレイプされた後に路上に放り出されて事故にあった可能性もあるということ。

「先生どうしましたか。お、可愛い子ですねー。胸の大きさも俺好み」
 いつも通りヘラヘラした顔をしながら助手の松坂がやってくる。
 相変わらず軽い雰囲気。今漂っている周りの空気の重さなんてまるで関係ない。
「うーと。どれどれ」
 松坂は香菜の体を乱暴な手つきでアチラコチラ触る。
 とうやら骨折箇所を調べてるようだ。
「くっ」
 後藤は自分がやるから変われと言いたい気持ちを必死に抑えた。
 もちろん、この患者は自分の妹だから変われと言うのは簡単だ
 しかし口に出すことはなかった。
 なぜならそれは完璧な公私混同であり、医者としてもっともやってはいけないことに他ならないからだ。
 若い医者の手本のなるべき立場である後藤にとって、それだけは決して口にしてはならないことだった。

「17歳女性。交通事故のようだが事件性は不明」
 後藤は感情を押し殺しながら今分かっていることを淡々の述べた。
「事件性って……あー太ももの血か。でもこれは関係ないでしょ」
 妙に自信たっぷりに松坂がいう。
「なぜそう言い切れる」
 あまりに乱暴な判断に後藤は異議を唱えた。

「だって、見ればわかりますよー」
 松坂はそう言いながら人並みに育った香菜の右乳房に触れ、やんわりと揉み始める。
 患者の胸を弄っている松坂の顔はどこか優越感を感じているような表情をしていた。

「見ればってどういうことなんだ」
 後藤は松坂の手によってグニグニと形を変える妹の胸をじっと見つめながら質問をくり返す。

「もしレイプ犯がいればこの綺麗な乳房は跡がつくほど握りしめられていますよ。でもこのとおり傷もなければ内出血の形跡もない。反応も正常でしょ」
 松坂はピンク色に色づいた乳首を指でぐいっとひねりあげた。
 すると香菜の顎がクツと一瞬持ちあげる。
 意識もないのに快感を感じているような動きだった

「それにこの血の流れ方は破瓜の血の流れ方じゃないと思いますよ。もう何度も見ていたからはっきりと言えます」

「し、しかしそう結論付けるのはやはり乱暴では。事件性を疑っている警察にも説明しないといかんし」
 全く予想だにしない方面から導き出させた答えであったことに後藤は驚きを隠せなかった。

「むろん警察に提出するためのカルテは作りますよ。あれを作るのは楽しいですしね」
 松坂はそう言いながら机の上を置かれていたカメラを手に取る
 そして全裸のままベットの上で仰向けになっている香菜に向けた。
「あっ」
 思わず声を出す後藤
「どうしました。何か問題でも」
「いや、何でもない。続けてくれ」

 この作業は後藤も何度もしてきたし重要な作業であることも理解していた。
 なにしろ事件性が疑われる患者のキズ等を写した裸体写真はのちに重要な証拠になることも少なくないからだ。

「まずはその華麗な顔のアップ。そして胸のアップと。下半身のアップ。顔を入れながら胸と股間を撮ってと」
 松坂は楽しそうに写真を撮った。
 この裸の写真は何人の警察官が見るのだろうかと後藤は不安になったがそんなことを心配しても仕方がない。
 身内だからといって特別扱いは許されない。必要な写真は撮らなくてはならない。当たり前のことだった。

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for / 2015年01月25日
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